FDYってやつを始めようと思う。

今年から、二人の友達とファッションブランドを立ち上げて、オンラインショップで運営をしている。
 
自社で作っているわけではなく、海外の洋服や小物をキュレーションして輸入して販売する、いわゆるセレクトショップのような感じだ。
 
扱っているのは女性もので、友達の一人がディレクターとして買付・宣伝・販売・発送まで、一人でこなしている。
 
僕がタッチしているのはほんの一部であるが、多少なりとも手伝いをしたり、他社のリサーチをしたり、市場調査をするにあたって、むくむくと湧き上がってきた感情がある。
 
それは「俺だってオシャレだ。」という感情である。
 
弊社ブランドで扱っている商品は、弊社CEO兼ディレクターであるS嬢の、厳しい審美眼を勝ち抜いてきている商品であり、どれもこれもオシャレである。
 
ひとつの商品を見るたびに「かわいいー」を17回ほど発声することになる。
 
中々にかわいい。中々にオシャレ。
 
これ着てる子とすれ違ってたら振り返るな〜って服がたっくさん。
 
オシャの宝石箱や〜。
 
そんなかわいい服、オシャな服を見ている日常。
 
やはり人間は環境に影響される生き物である。
 
「オシャ」と対極にいた人間でさえ、「自分もオシャなのではないか」と勘違いし始める。
 
そもそも「オシャ」とは何か。
 
オシャを明確に表現できる人はいないのではないか。
 
それは時代によって変わり、季節によって変わり、人によって変わる物だ。
 
ある人にとっては「だらしのない格好」も、ある人によっては「オシャ」
 
ある人にとっては「野暮ったい時代遅れの服」も、ある人にとっては「逆にオシャ」
 
もはや「逆にオシャ」とか言い出したら、それはもう物がどうってことではなく、受取手の感情、タイミング、コミュニティ、感受性によって変わってくるということである。
 
であれば。
 
で、あるならば。
 
オシャの対極にいた、オシャではない人代表の29歳独身男性2年6ヶ月彼女なし最近元カノから何年振りかに連絡がきた人(本田洋二=俺)でさえも、「オシャ」足り得るのではないだろうか。
 
むしろオシャ。もはやそのプロフィールがオシャ。
 
逆にオシャ。対極にいたという意味で完全にオシャ。
 
オシャ界の異端児、オシャ道まっしぐら、オシャの宝石箱や〜。
 
そういうことになるのではないだろうか。
 
そう思った29歳独身男性彼女欲しい欲しいって言いながら全然一歩踏み出せてない素人童貞の人(本田洋二)が、勘違い甚だしくオシャの道に突き進もうと考えるのも仕方のないことなのではないだろうか。
 
仕方ないとかではなく、もはや必然なのではないだろうか。
 
そんな必然の波に乗り、この度ファッションチャンネルのようなものを立ち上げることにした。
 
ファッションチャンネルってなに?って思う方もたくさんいるだろうが、それについては自分もまったく理解していない。
 
何ですか?ファッションチャンネルって(いうたんお前や)
 
ちなみに今試しに「ファッションチャンネル」で検索かけたら、その名もずばり「ファッションチャンネル」っていうサイトが出てきて盛大に笑った。
 
 
あるんだな、そういう概念。
 
とにかく「ファッション」を発信していくチャネルである。
 
じゃあファッションってなに?って言い出す輩が出てくると思う。
 
そういう奴らは何を言っても「じゃあそれは?その概念は?はあ?説明して?できない?はい論破〜」って言ってくるやつらだから全員ミドリガメになって害獣として撤去されてしまえ。
 
都内の池で水を抜かれた後に撤去されてしまえ。
 
そもそも質問ぶつけておいて、答えられないときに対案やら自分の意見もないくせに「はい論破〜」とか言ってくる奴らは全員小学校からやり直せ。
 
でも現在の日本の学校教育では小学校に通ったところでその能力が鍛えられる訳ではないだろうから、やっぱり小学校からやり直すのはなし。
 
ミドリガメで。
 
お前ら全員ミドリガメで。
 
ミドリガメの方でお願いします。
 
話を戻す。
 
そのチャンネルの名前は「FDY」というものにした。
 
この名前の由来は一応あるし、そこにまつわるストーリーや思いがあるのだけど、そんな話はFDY関連の方でぶちまけるとして、こちらではもっと下心の、もっと下賎な話をしたい。
 
まず、チャネルを始める時に考えたのは「オシャな名前がいいな」ということである。
 
雰囲気。
 
雰囲気オシャ。
 
別に実際オシャじゃなくてもいいし「ミドリガメたちのレクレイエム」とかでもよかったのだけど、ミドリガメってのは正直オシャじゃない。
 
レクレイエムがそもそも何なのかよくわかってないけど、とにかくレクレイエムはオシャじゃない。
 
レクレイエムはオシャではない、いわんやミドリガメをや。
 
ということで、オシャな名前としては何でもよかったのだけど、とりあえず田舎から出たての人間なので「アフルファベットの方がオシャだな」って思った。
 
「しかも長ったらしいのじゃなくて、3文字ぐらいのアルファベットがいいな」って思った。
 
オシャだなって。
 
3文字、オシャだなって。
 
そんで何やかんで「FDY」になりました(その何やかんやを話せ)
 
まあその由来とかは置いておいて、そもそもこのブランドを作ることによって何がしたかったのかを書く。
 
これから書くことはここだけの秘密にしてほしい。
 
なぜかというと、下心しかないのであまりカッコよくないし、情熱大陸に出た時にネットから拾ってこられて「あいつ、インタビューではあんなこと言ってたけど、本当はこんなやつなんだぜ、ほぼミドリガメだよな」なんてことになったら困るからだ。
 
非常に困る。
 
ミドリガメだけは避けたい。
 
「じゃあ書かない方がいいよ」って思った方もいるかもしれない。
 
でも安心してほしい。
 
少なくともそんなことになるようであれば、この記事は即刻削除する。
 
即刻削除。
 
俺はモテたいのだ。
 
さて、内容に入っていきたい。
 
いよいよ本題である(早くしろ)
 
今回の「FDY」にはついて、裏テーマがある。
 
「てめえそもそも表のテーマ発表してからにしろゴラア」って思ったそこのあなた。
 
甘い。
 
甘いよ。
 
何が甘いのかは具体的にはここでは言えないけど、とにかく甘いよ。
 
「物事には常に表と裏があるのだから。」
 
全然説明になってないけど、何となくこの世の真理に触れた感じになったから、ここで終わったことにして話を続ける。
 
裏テーマはズバリ「声をデカくする」である。
 
ここでいう「声のデカさ」とは、「ウェブにおける発言力」である。
 
どんなに楽しいことをしていても、気づいてもらわなければ影響力は変わらない。
 
どんなにいいこと言ってても、フォロワーがゼロじゃあただの独り言である。
 
ウェブにおける声のデカさとは、影響力のデカさであり、簡潔に言ってフォロワーの多さである。
 
どれだけ自分にフォロワーがいるかどうか。
 
それによってウェブの世界での戦闘力が分かる。
 
発言力がないと、何をしてても広まらない。
 
発言力がないと、何をしてても「ただの遊び」だと思われる。
 
発言力がないと、どんなに頑張って勉強していても「本を読むのが好きな人」である。
 
「ネットでの影響力がすべてじゃない」という考え方もわかる、当然そうであろう、今言っている話は、比喩というか、大げさに言っている話だ。
 
僕個人の価値観の話だが、「〇〇がすべてじゃない」っていう発言は、ある程度〇〇をわかった上でやるのが効果的だ。
 
ここで注意してほしいのは、あくまで「効果的」という話であり、そうあるべきだということではない点だ。
 
僕が子どもの頃一番嫌いだった親の言葉は「大人になったら分かる」である。
 
これはあまりに卑怯だ。
 
だって僕は「子ども」であり、「大人」ではないのだから、それを言ってしまうと議論は前に進めない。
 
「大人になって、自分でお金を稼いでからやったらいい」「大人になって、自分で体験してみてから発言しろ」
 
そんなのは卑怯だ。
 
全部やってから言えっていうのであれば、サッカー日本代表の試合を見ながら「あ〜何でそっちに出すかな〜こいつ下手だな〜俺だったら今のシュート決めてたよ」なんてことも言えなくなってしまう。
 
評論や感想は、例え体験していなくても、体験することができなくても、発言できる世の中であるべきだと思っている。
 
だからここでいう「声をデカくしなきゃダメ」っていうのは、「その方が効果的だよね」っていう話だ。
 
サッカーやったことないやつの発言よりは、サッカー経験者の発言の方が皆んなに届きやすい。
 
意見が通りやすい。
 
だったら発言力はでかい方がいいよね、っていうだけの話である。
 
言い訳みたいな説明が長くなってしまったが、とりあえずそんなことで、発言力を鍛えたいと思った。
 
発言力のある存在になりたいと思った。
 
そのためには、フォロワーを増やす必要がある。
 
これはリアルでもウェブ上でも区別はない、リアルフォロワーも大事、自分の動きや考えに興味を持ってくれて、一緒に語り合えたり、意見を交換できる相手を作るのも大事。
 
しかしこの1~2年ほど、リアルの場での繋がりを増やすことを意識してやってきて、思ったことがある。
 
それは「リアルで会える人間は数にも限界があるし、そもそも人生を楽しくしたいと思っているようなモチベーションがある人間はそんなに多くない」ということだ。
 
これはモチベーションがある奴が優秀って話ではない。
 
単純にあるなしの話で、「そういった考えを持っている、またはそういったことを考えることが好きな人間」がそもそもそんなに多くないってことだ。
 
多くないってことは出会う確率が低いってことだ。
 
単純にそういう人間が1%だとすると、100人に一人だ。
 
100人と会って、ようやっと一人出会えるかどうかなのである。
 
これはきつい。
 
一般人の僕が100人新しい人間に出会おうとしたら、よっぽど効率の良い「出会いの場」(大規模合コンとか、セミナーとか)に行かない限り、数ヶ月かかってしまう。
 
しかもリアルだと本当に全員初めましてであるから、一から自分のアピールをする必要がある。
 
100人に一からアピールして、ようやっと一人会えるかどうか。。。
 
きつい。
 
これはきついぞお。
 
だからこそ、効率よくやりたいと思った。
 
では効率よく「お互いに刺激を与え合えるような存在」(ここではフォロワーと同義とする)と出会うにはどうすればいいか。
 
それはズバリ「自分が会いたいと思う人に会いにいく」これである。
 
すでに自分がフォローしている人に会いに行くのが一番だ。
 
自分が好きでフォローしている人の周りには、おそらく自分がフォローしたいと思えるような人たちがたくさんいるだろう。
 
なんせ僕のような存在でも気づくぐらいに発言力のある人なのだ。
 
同じ考え、発想を持った人間が集まっているに違いない。
 
そんな人たちがたくさんいる場に行きたい。
 
まずがそれが効率化の最大の条件である。
 
ではそこで実際に会ってみて、どうやったらフォローしてもらえるようになるだろうか。
 
実際に会って、フォローしたい人がいて、やったあって言いながら帰って「今日も最高に刺激的な一日だった。」ってツイートしているのでは何も変わらない。
 
ツイートしないより、会いに行かないよりは100倍よいとは思うが、それでは会う意味がない、ネット上でフォローボタンを押しておしまいの行為だ。
 
自分のアピール、これが必須条件だ。
 
では自分のアピールをするにはどうしたらいいだろうか。
 
当然相手は自分より発言力のある人間、ウェブ上での発言力という戦闘数値が高い人間である。
 
今の世の中で、発言力が高いとはどういうことであろうか。
 
それは「人気者」であり「引っ張りだこ」であり「めちゃくちゃ忙しい」であり「僕のような人間が毎日死ぬほど会いに来る」である。
 
その中で覚えてもらわなくてはいけない。
 
今度二人で話そうかっていってもらわなくてはいけない。
 
そのためには、分かりやすいアピールが必要だ。
 
「本読みました!最高でした!」じゃあ覚えてもらえない。
 
「僕こんなサービスやってます!」ぐらいはほしい。
 
「こういうビジョンを持って、こういう世の中にしたくて、こういうことを目指してやってます!」ぐらいは言えないといけない。
 
いけないわけじゃないけど、言えた方がいい(何度もいうが、効率化の話で、これが絶対正しい!って話ではない)
 
それぐらい言えれば向こうも、ほえーとなってくれるかもしれない。
 
リンク先を送れば、20秒ぐらいはいただけるかもしれない。
 
その20秒でアピールできるぐらいの内容があった方がいい。
 
ウェブ上で構築できていた方が良い。
 
いろんなサービスがある、じゃあわかりやすくするには?これはズバリフォロワーの数だ。
 
instagram、twitterでのフォロワーの数、いいねの数、リツイートの数である。
 
向こうも人間だ、生きている、仕事がある、やりたいことがある、自分にとってメリットを求めるのが自然だ。
 
それであれば、ネットでの影響力っていうのは、味方にするときの判断基準になる。
 
こいつ結構強いじゃん、じゃあ一旦話聞いてみようか、仲間にしたら俺にメリットあるかな。
 
そう思わせることが大切だ。
 
であればズバリ発言力、戦闘力、フォロワーの数。
 
ここを鍛えていく、声をでかくして行く。
 
これが最短で自分のやりたいことを叶える道だと思う。
 
弱いやつ仲間にするより、強い奴が欲しいだろう。
 
特に今最前線で戦っている人は、常に仲間を求めているはずだ。
 
そんな仲間に立候補できるように、自分自身の発言力を鍛えていく必要がある。
 
声をでかくしたい。
 
これが「FDY」の裏テーマであり、未来への道程である。(かっこいい感じで言ったな)
 
「発言力鍛えたところで、お前自身の中身が伴ってないとダメだろ」って意見もあると思う。
 
でもそんなものは後で考えたらいい、それが僕の今の結論である。
 
そう思って中身を、知識を蓄えることで伸ばしてきたつもりだったが、結果言えることは「知識も周りに知られていない限りは知識であるとすら認めてもらえない」である。
 
だからまずは声のデカさだ。
 
内容は絶対にあとからついてくる。
 
壁にぶつかったらそんときに勉強すればいい。
 
そもそもフォローしていた人たちと会えるようになって、近くにいれるようになったら、いやでも成長するだろうし。
 
だからまずは「声」だ。「結果」だ。
 
貪欲に「力」を求めてやっていきたい。
 
みんな、オラ(FDY)に力をくれえ。
 
ということで、「FDY」全力でやっていきますので、皆様お力添えをお願いいたします。
 
あとテーマの一つに「死ぬほどふざける」っていうのもあるので、そちらも全力で行きたいと思います。
 
怒られたら謝ります。
 
現場からは以上です。