夢中になれるものが、君にはあるか(高校生ヨウジ青年、魂のバイブル編)

最近、物事の結論が見えた気がしている。
 
例えば、英語が喋れるようになりたい、とか。
 
人とうまく話せるようになりたい、とか。
 
オシャレになりたい、とか。
 
モテたい、とか。
 
やりたいことや、得たい能力っていうのは、結局のところ「やる」しかないんだなと。
 
「そんなこと言われなくてもわかっとるわ」って話なんだけど、実際のところ、そこから行動に落とし込んでいる人って結構少ない。
 
もちろん僕もまだまだその内の一人なわけだけど、結局全部「やる」しかないんだよな。
 
英語しゃべりたいなら「喋るしかない」し、痩せたいなら運動するか(消費カロリーを増やすか)食う量を減らす(摂取カロリーを減らす)しかない。
 
ものすごく単純なことだ。
 
あとはそれを実際に、自分に合った方法でやるしかないんだけど、その方法論ですら、もう試すしかない。
 
やってみないとわからないし、工夫とかって、やってからでいい。
 
ある程度量をこなしてから工夫とか、そこまでの経験を活かして自分に合った方法を模索して行くしかない。
 
始める前から、一番効率のいい正解を探したり、楽な方法探しても意味がない。
 
もちろん、自分にとって楽な方法を探すのは大切だけど、まずはやってからっしょ。
 
そんな当たり前のことに、30歳手前で気づく人生。
 
でもね、方法論を探したくなる気持ちも、すごく良くわかる。
 
どうせ行くなら、一番近道でスマートに行きたいもんね。
 
そうやって無間地獄にハマったのが、僕の高校時代であった。
 
そうである、夢中になれるものの話、高校生編の始まりである。
 

 
僕が高校生の時にハマったものは、端的にいうと3つである。
 
・映画
・起業
・勉強法
 
 
これらは(僕の中では)全てが「心理学」というものに紐づいていて、一つだけを切り離して語れるものではないが、できるだけわかりやすく、そして簡潔に語っていきたい(なんせもうみんなそんな興味ないだろうし)
 
 
 
僕は昔から、人間に興味があった。
 
人間にしか興味がなかったと言ってもいいかもしれない。
 
なぜ人はそれぞれ考え方が違うのだろう、意見の違いが生まれるのはなんでだろう、この世界が全員にとってベターであるように、合理的に動いていないのはなんでなんだろう。
 
そんなことを、普段から考えていた人間であった。
 
そんな時に「心理学」という学問を知る。
 
当時、自己啓発が流行り始めた時期で、日本中の若者が自分探しを始めていた時期でもあった。
 
ご多聞に漏れず、僕も自分探しをしていた。
 
自分探し真っ只中であった。
 
そんなおり、趣味といえばバスケと読書しかなかった僕が、次にハマった趣味は映画だった。
 
当時は今のamazonPrimeやら、Netflixはもちろん、Youtubeだって誰も見ていなかった時代。
 
映像を見るといえば、テレビか映画などのビデオの二択だったように思う。
 
当時から生意気にも僕は、教養というものを意識していた。
 
本が大好きだったことから派生して、この世の全ての知識を手に入れたいと思っていたヨウジ青年は、まずは興味を持てそうな映画から始めることにしたのだ。
 
なんせ教養といえば、絵画、クラシック音楽、映画。
 
この「三大知ってたら賢く見えそうなもの」を極めようとするにあたって、絵画とクラシックには全く興味が持てなかったのである。
 
正直30歳手前の今でも、この二つにはあまり興味を持てていないのであるが、その話はまた別の機会に。
 
とにかくヨウジ青年は映画に狙いを絞った。
 
昔の名作なり、今の流行りのハリウッド映画なり、日本のB級映画なり。
 
そういうのは知っているのはカッコイイな、なんていう浅い考えで、映画を見まくることにした。
 
特に映画は、ハリウッドのものがたくさんあるので、英語の勉強にも良さそうである。
 
僕には二つ上の姉がいるのであるが、その姉は高校で交換留学がカリキュラムに一年間組み込まれている高校に行っていたため、僕が中学三年生、姉が高校二年生の時に、ニュージーランドに一年間留学に行っていたのである。
 
正直、当時から僕は別に英語が好きだったわけでもないし、海外に住みたいというのも人並みの憧れ程度。
 
そこまで英語というものに興味があったわけではなかった。
 
しかし、なぜか知らないが、姉には何一つ負けたくないというよくわからないポリシーを持っていたため、姉が留学から帰ってきて、TOEICとかいうテストで800点ぐらい取ってて、親が「姉はすごい、よくできた子だ、賢い」と話すのを聞いていて、じゃあ俺も英語喋れるようになろうと決めた。
 
本当に、理由はそれだけである。
 
まあ俺クラスになれば、大人になった時点で英語ぐらいペラペラでしょ。
 
教養のある大人って、英語ぐらい普通に喋れるでしょ、なんならフランス語も喋れるでしょ、当然でしょ。
 
それぐらいに思っていた。
 
本当にそう思っていた。
 
だから英語の勉強をすることに決めた。
 
しかし机で、参考書を開いてガリガリやるのは嫌だった。
 
勉強を、勉強としてしたくなかった。
 
意識しないでも勝手に勉強になっている、というシステムを作りたかった。
 
都合の良い発想である。
 
そこで僕は映画を見まくることにした。特に英語の、ハリウッド系の映画を見まくることにしたのである。
 
そして自分でもルールを決め、洋画は必ず英語字幕で見ることに決めたのである。 
 
そうすれば少なくとも1本の映画につき2時間、英語を聞くことになる。
 
そうすりゃまあなんとなくでも、英語のためにはなるだろう、少なくとも、テレビゲームしているよりは勉強になるだろう。
 
そう思って、映画を見まくっていた。
 
当時はTSUTAYA全盛の時代。
 
そしてDVD全盛の時代である。
 
新作や準新作はレンタル料が高いので、旧作をひたすら。
 
当時のTSUTAYAはほぼ常時5本1000円とかのセールをしていた。
 
また高校から家までの帰り道にあったビデオ屋は、1本200円、セールなら100円で借りられた。
 
そこで借りまくって、見まくった。
 
週5本を見て、返すときにも5本借りていってというのを繰り返していた。
 
高校生のときに見た映画の本数は結構えぐいと思う。
 
なんなら大学生の時も見まくっていたのだが。
 
おそらく高校三年間で、400本は見たのではないか。
 
多分、大学生の時にも300本は見た。
 
それぐらい映画にハマっていた。
 
もちろん勉強のためだけではなく、教養としても見ていたので、邦画もたくさん見た。
 
教養として見ているので、黒澤明や山田洋次など、有名どころも見た。
 
正直僕には、それらの名作と言われるものの良さはわからなかったのだが。
 
僕の大学生の頃のあだ名である(そして今でも名乗っている)「ヨウジ」は、山田洋次監督からもらったものである。
 
これは嘘みたいだが、なんと実話である。
 
ちなみに、英語の学習でいうと、音楽も僕は自分なりに縛りを入れていた。
 
高校の通学には自転車で往復2時間ぐらいかかっていたので、その間に聞く音楽は基本洋楽。
 
洋楽と言っても、ほぼビートルズ。
 
ひたすらビートルズを永遠リピート。
 
ビートルズは教養の範囲だと思っていたし、何より英語学習について調べたときに、音楽として聞くなら簡単で発音もいいビートルズが最適だと、いろんなサイトに書いてあったからである。
 
だからひたすらにビートルズであった。
 
正直半年も経たずに、完全にビートルズには飽きていたのだけれど、別に楽しむために聞いていたわけではなかったので、構わずビートルズ。
 
当時はビートルズのほぼ全曲耳コピしていた。
 
好きなアルバム「HELP」とかは、全曲ソラでなんとなく歌えた。
 
あまりに自分でも縛りすぎて、たまに日本語の曲を聴くとめちゃくちゃテンションが上がった。
 
なので、当時日本のバンドで聞いていたアジカンとかは、本当に大好きだったな。 
 
話を戻す。
 
そうやって、ひたすらに映画にハマっていた。
 
映画を見た量に関しては、たぶんそこら辺の映画大好きなやつとも戦えるぐらい見ているのだけれど、なんせ目的が「教養」っていうフワッとしたものなのと、英語のために見ていたので、監督とか、脚本とかが全くわからない。
 
俳優さんは顔はわかるし、どんな映画に出ていたかもわかるのだが、俳優の名前は知らないし、作品の名前も覚えていない。
 
結果、今、映画好きともそんなに詳しい話をすることもできず、一体僕のあの月日はなんだったのだろうと思う。
 
まあ人生そんなもんか。
 
結果今、映画よりも効率の良い英語勉強法がある状態だと、自分でもびっくりするくらい映画を見ようという気持ちにならない。
 
一体僕の映画好きとしての人生はなんだったのだろうか。
 
別に後悔はしていないが、映画がそこまで好きじゃなかったという事実に、ただただ驚くばかりである。
 
 
さて、次に僕がハマったのは「起業」というものである。
 
これは別に当時起業していたわけではなく、起業という生き方があることを知り、人生に活路を見出していたのである。
 
小さい頃から、親のような人生は嫌だなと思っていた。
 
いわゆるサラリーマンの人生である。
 
決められた時間に、決められた場所に行き、好きでもない人の下で、好きでもない人のために働くのがたまらなく嫌だった。
 
しかし当時、何をすればそうならずに済むのか、わからなかったのである。
 
僕に見えている選択肢は、専門職だけであった。
 
つまり、プロ野球選手なり、大工なり、小説家なり、公認会計士なり。
 
そういった「特別な専門職」につくしか、サラリーマンから逃れる方法はないと思っていた。
 
今考えると、別に上記のような職業も、サラリーマンであることが多いのだが、もちろんそんなことは知らず。
 
ただただ専門的な職業につくしかないよなあと思っていた。
 
そして、当時から一丁前にお金持ちになりたいと思っていたので、公認会計士とか弁護士とかになるしかないかなと思っていた。
 
なので、大学を調べる時も、卒業生の公認会計士の多さとか、そういうので調べていた記憶がある。
 
しかし僕は出会ってしまったのである。
 
僕の人生を、人生に対する考え方を、根本から覆す本に。
 
それは「金持ち父さん、貧乏父さん」という本である。
 
ハワイ生まれのロバートキヨサキという起業家の書いた、いわゆるビジネス本だ。 
 
当時から息をするように本屋に通っていた僕は、ビジネス本も相当な数を読んでいた。
 
しかしそれらの本には、会社員としてうまく乗り過ごすテクニック論や、ポジティブシンキングの類などがあるばかりで、具体的な方法が(お金持ちになる方法が)どこにも書いてなかった。
 
だから、僕は当時からお金持ちというのは特権階級であり、何か特別な能力、知識が必要なんだと思っていた。
 
しかしこの本は、そういった僕の中の「常識」を吹き飛ばしてくれた。
 
「これこれこうすればお金持ちになれるよ」と、明確に方法論が書いてあるではないか。
 
読んだことのない人のために、簡単に内容を書いておくと(もし読んだことない人がいたら絶対に読んでくれ、単純に読み物として面白い)
 
・金持ちになるには、自分じゃなく他人(お金)を働かせるしかない
 
・金持ちになる方法はB(ビジネス)をやるか、I(インベスター、投資家)をやるしかない
 
・もしあなたに元手がないのであれば(一般市民の生まれなのであれば)まずはBをやって資産をため、のちにIへと進化するのがベストだ
 
・入ってくるお金(利益)より、出ていくお金(消費)を抑えれば、資産は溜まっていく
 
・溜まった資産を複利で回せ
 
以上である。
 
ただこれをやれば良いと。
 
めちゃくちゃ簡単だろう?と。
 
そういう本なのである。
 
もともと普通の家庭(どちらかというと貧乏より)で生まれた著者ロバートは、幼い頃からの友達のマイクの実父である「金持ち父さん」を第二の父親として指示を仰ぎ、どんどん裕福になっていく。
 
そこには波乱万丈があるが、基本物語はわかりやすく、明確なメッセージで、高校生にも非常にわかりやすい文章で進んで行く。
 
最高だった。
 
この本に出会い、最初に読み終わった時に、もうこれしかないと思った。
 
この世界で俺は生きて行くと。
 
人生の方向が決まった瞬間であった。
 
俺は起業家になる、と。
 
その時から、起業家以外の職業を志したことは一度もない。
 
実際、今は自分の会社もないし、起業は全くできていないのだが、これからやるつもりであるし、やり方は変わろうとも、この本から学んだことは本当に、計り知れない。
 
僕の人生を変えてくれた本である。
 
もうそれこそ、暗記するまで読み込んだ。
 
繰り返し読んだ。高校生の僕には、当時すぐに起業するアイデアなんてなかったし、周りに起業している人もいなかった。
 
でもこの本が夢を、そして歩むべき道の、少なくとも方角を指し示してくれたおかげで、今の自分がある。
 
感謝してもしきれない。
 
「金持ち父さん」はシリーズとして、たくさん続編が出ている。
 
その全てを読んだわけではないが、直接の続編である「キャッシュフロークワドラント」とか、「若くして引退する方法」とか、めちゃくちゃ読んだなあ。
 
懐かしい。
 
あの頃は本当に、人生にワクワクしていた。
 
こうやって(普通の家庭から金持ちになって)生きている人がいるんだということが、素直に嬉しかった。
 
本当に、、、
 
本の内容は当時のものなので、直接使えないテクニックも多いし、あくまでアメリカの話なので、日本では適用できないことも多い。
 
しかしこの世の富を構成する基本的な考え方、「資本」「会社」「ビジネス」「投資」については、根本を全て学べる本であると思う。
 
今でも、読んだことのない人には全員にオススメしたい本だ。
 
やばい、また読みたくなってきた。
 
まさに僕のバイブルである。
 
ああ、興奮してまた話が長くなってしまった。
 
勉強法については、次のブログに託そうと思う。
 
ほんと、長くなってごめんなさい。
 
でも、次のテーマの勉強法こそ、俺、死ぬほど語れるから、ほんと、覚悟してね(はあ?)
 
いやあ、バイブルってあるもんだなあ。
 
あなたにも人生を変えてくれたバイブルってありますか?
 
もしあるなら、ぜひ、次会った時に聞かせてほしい。
 
現場からは以上です。