ブロックチェーンがもたらす評価経済社会は、きっともっとうまくいく。

もうニート生活に入り始めた28歳のブログはこちらです。ニートって悪口だと思っていましたが、改めてニートニートって言われると、ニートも悪くないなって思っています(なにが)

 

昨日ちょっときっかけがありまして、自分の今使えるお金とか、今後の内容とかも考えてお金の計算を軽く、本当に軽い気持ちでちょちょちょっと計算してみたんですが、このままいくと5月ぐらいには死ぬ計算になりました。末端ニート28歳まったなし。

 

と言うことで早速仕事探そうと思っていた矢先、先日ラオスの話をしていた先輩から、別の先輩(同じバイト時代の先輩)が父親の会社を継いだということで、バイトを募集しているという話を聞きました。

 

どういう仕事内容かも詳しくは聞いていないのですが、とりあえずやってみようということで今現在その先輩に連絡を取っています。ラインって本当に便利だな〜。

 

そしてたったいまラインの返信来まして、採用が決まりました。採用というか、日程の空きがあったら連絡するよって話なんですが。未来ですね。これぞ未来。ラインでバイトが決まるっていうのが未来。

 

あとはやっぱり紹介ってすごい。人との繋がりって大事。バイト探そうって思った時に、そこらへんのお店に面接行くより、友達に聞いてみようって思いますもんね。そもそも大学最初のバイトを除けば、バイトも仕事も紹介でしかやったことないですわ、そういえば。

 

そんなこともあって、今後は自分という人間の価値をしっかり考えていかなくてはいけないなと。「評価経済社会」という言葉は、岡田斗司夫さんが唱えているものですが、実際にその社会で生きて行くしかない状態になって来ているのかなと。

 

貨幣価値よりも、「評価」の価値が高くなる社会、それが評価経済社会。周りからの評価の高い人ほど自分のやりたいことが自由にできるようになる。食べログもそうだし、なんでもそうだけど、評価が価値になる社会は、もう確実に来ている。

 

今読んでいるブロックチェーンの本がいうには、その評価社会はブロックチェーン技術が発達するにつれ加速するだろうと。というのも、ブロックチェーン技術が世の中に浸透すれば、すべての情報はブロックチェーン上に保存できるようになる。簡単にざっくりいうと、ブロックチェーンっていうのは他人に改竄されることもなく、逆に自分でも訂正することのできない、真実の積み重ねられた情報のまとまり。

 

そのため誠実に行動している人の評価は自然と上がるし、不誠実なことばかりしている人の評価は下がる。それによって、評価経済社会は完成するのかもしれない。

 

僕はいつもここで「では一旦評価の下がってしまった人は、もう一生這い上がれないのだろうか。」ということが気になってしまう。つまり「一度失敗した人間は、二度とチャンスが与えられない、またはチャンスがかなり薄くなってしまう」のではないかという不安。

 

その考えが思いつく時点で、自分の失敗する姿が浮かんでいる証明になってしまうのかもしれないけど、、、でも事実として、失敗が許されない社会ではチャレンジする人も少なくなってしまうし、閉塞感が漂うのではないかと。

 

でも大丈夫。ブロックチェーンは、そういった問題なんか気にしていない。ユーザーはブロックチェーン上に、幾つでもアカウント作成が可能なのだ。新規で作成したアカウントは、みんな評価0からスタートする。でも少なくともマイナスではない。やり直しはいつだってできる。

 

twitterの新規アカウントを作成するのと同じ感覚かもしれない。大きな失敗をしてしまったら、またやり直せばいい。少しづつ信用を、また貯めていけばいいのだ。そう、信用を貯めるのだ。

 

現在の評価の測り方は、友達の数だったり、ツイッターのフォロワー数だったり、様々だと思うけど、今後はブロックチェーン上の自分のアカウントで一発!っていうことになるかもしれない。

 

結論何が言いたいかっていうと、そんな評価経済の訪れを、いやだな、だるいなって思いながら待つのではなく、いいじゃん、おもろいじゃんって自分から積極的に抱きしめにいく、そんな人生にしていけたらいいなって思います(誰だよ)

 

人との繋がりをもっとちゃんとできる人になりたい。

 

現場からは以上です。