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千原ジュニアが好きな俺は、エピソードトークが出来ない。

はるかなる日々 もっともっと笑いたい

 

 

千原ジュニアが好きだ。

 


人間的に好きなわけではない。いや、別に嫌いなわけじゃないけど、特に人間的に特別好きというわけではない。



じゃあ何が好きかって、その話術である。彼が持っている、その話術に感銘をうけている。話術と言う名の、スペクタクル。

 


話術でいうと「千原ジュニア」か「腹」か、みたいなところある。腹 or 千原ジュニアである。この広い世界に、腹 or 千原ジュニア



「話術が達者な人といえば?」と聞くと、10人に7人は千原ジュニアと答えるのではないか。「話芸」といえば10人に9人が千原ジュニアと答えるだろうし「話芸のスペシャリスト」というと、もはや10人中12人が千原ジュニアと答えるだろうね。なんならその12人中5人が興奮しすぎて「ティ!ティハラジュニア!」と答えるだろうし、その5人中5人が次男である。イエス、アイムシュアー

 


そんな話芸のエバンジェリスト「ティハラジュニア」であるが、僕が言いたかったのは、こんなにくだらないことではなく、エビピラフって名前はよく聞くけど、実際のところ人生で5回ぐらいしか食べたことないよねっていう話でも、もちろんない。



僕が言いたいのは、「話芸」と表現されている通り、それが「芸」であり、習得可能なものであるということだ。つまり千原ジュニアは話芸と言う名の芸に優れている人なのだ、芸達者なのだ。



何が言いたいかというと、ベシャリで人を笑わせることを、誰でも習得可能な、応用可能な領域にまで高めている、すんげー人だということだ。



あなたは、松本人志になりたいと思ったことはあるだろうか?僕はある。マッチャンみたいになりたい、マッチャンみたいになりたいと思って歩んできた人生だった。



でも、松本人志が何故面白いか、何故こんなにも彼のいうことで笑ってしまうのか、説明できる人がいるだろうか。説明はできたとしても、じゃあ「明日の面接でウケたいんですけど、どうすればいいですか?」って聞かれたら、お笑いナメんな!で終わりますよね?



でも千原ジュニアくんは、応用可能なんです。千原ジュニア話芸は。



こうこうこうしたら面白く話せるよと。人に説明してあげることができる。これってすごいことだと思いませんか。



ね?すごいでしょ?え?わからない?




ちっ




えー、もう少し話しますよ。

 


「おもしろい」って、すごく抽象的だと思いませんか。



「あの人は面白い」って言ってるひとに「なんでそう思うの?」って聞いても「えーだってねえ、面白いこといっぱい言うんだよう、笑っちゃうよねえ〜」って言われて殴りたくなるのがオチ。

 


逆に「そうだなー簡単にいうと、初対面の人に対する返しが相手のことを気遣いつつ、それでいて着ている服を褒めたりしながらも結局服ではなく、あなたが素晴らしいのだということを伝えているからかな....え?あ、なに?面白さの話?面白さとかはよくわかんないなー笑」みたいな返しをされて、怒りで血管弾け飛んで全治13週間になるのがオチです。



普通の人はそこまで考えていない。ただなんとなく「あの人は面白いなあー」と思っているだけなのだ。



んで、そんな人たちに説明する際にも、千原ジュニアは格好のサンプルである。「ベシャリ」で笑いを取りたいと思うのなら、千原ジュニアを勉強しよう。千原ジュニアを模倣しよう。


会話のスタートは必ず「いや、昨日ね、、」で始めよう。千原ジュニアの真骨頂は、その多岐にわたるエピソードトークである。千原ジュニアの話芸とはエピソードトークであり、それを極めたものが「ティハラ」となり、面白いエピソードトークをした人に対して「いやー、今の話は39ティハラだったね」などというのである。(嘘である)

 

「エピソードトーク

 

それは全人類の憧れであり、現世にたゆたう宇宙(ソラ)との交信であり、南アフリカ大陸に残された最後の希望であり、司馬遼太郎を読んだことのない自称読者家へのゆるやかな殺意である。

 

「人は誰しも、すべらない話を持っている」とは某番組のキャッチフレーズであるが、簡単にいうならば「すべらない話」とはエピソードトークのことだ。もっと簡単にいうと、過去にあった話を面白おかしく話すということだ。

 

面白くなるには、千原ジュニアから学べ。私がこう断言するのは、そういうことでもある。つまり過去の体験で、面白おかしく話せるような内容のものをいくつか準備しておけば、非常に便利でっせということだ。そして、一度そのコツを掴んでしまえば、あなたにもあなたの「型」ができるだろう。毎回その型通りに話せば、あーら不思議、あなたは話芸の達人として、ちょっとした人気者になっていることであろう。

 

だから千原ジュニアに学ぶべきなのだ。話芸を勉強するべきなのだ。

 

...え?....なに?

 

「それだけいうのだから、よっぽどお前はエピソードトークが得意な話芸のゼネラルマネージャーなんだろうな」だって?

 

 

チッチッチ....

 

チミ達、なめてもらっては困る。だって....俺だよ?(誰だよ)

 

 

僕もそれなりに「笑い」というものに対して真剣に向き合ってきた。高校生の頃に、ベランダに置いてある傘に対してのツッコミを丸一週間ぐらい考え続けたこともある。同じ高校時代には「誘い笑い禁止」という厳罰を自分に課し、口から発する言葉のみで笑いを取ろうと、武者修行に明け暮れた。。。

 

結果的に、自分が「これは面白い」と判断する基準が社会的に正しいかどうかは甚だ不安だが(置いてある傘に対するツッコミを一週間も考えられる時点で頭がおかしい)

 

しかし、自分の基準でいうと自分はスーパー面白い人なので大丈夫である。(何も大丈夫じゃない)

 

しかし、しかしだ。しかし私にも弱点はある。むしろ弱点しかないのだが、ここでは一つだけに触れるに留める。

 

何を隠そう、僕は記憶力が悪い。というか、物覚えが悪い(一緒か)

 

小さい頃から、わりかし勉強はできる方だったので(高校は別ね)自分は記憶力がいい方だと思っていた。「勉強なんて、覚えちゃえばいいんだから簡単じゃん」って思ってた、思うどころか言ってた、口に出してた。(でもクラスで一番とかになったことはない)

 

なんだけど、大人になってからは「あー僕は記憶力悪いんだな」って思うことが多くなった、多くなったというか、ちょっと多すぎるかもしれん、多すぎるきらいがある、はっきり言って、もうたくさん。

 

なんなんだろうね。それで「自分の好きなことなら覚えられるんだけど」っていうと「いや、みんなそうだから」って冷たく言われるんだよね。でも他の人と比べて、明らかに物覚えが悪いと思う。大抵のこと、覚えてない。

 

かと言って自分でも普段から覚えられるように工夫しているかっていうとそんなこともないから、自業自得なのかもしれない、たぶん、みんな努力して覚えているんだろう。

 

そういえば昔の彼女と喋っていたときに、何食う?ってなって、カレーにしてみる?ってなって、いや、私カレー嫌いだからってなって、え!カレー嫌いなん?!って驚いたら『もう何度も言ってるけどね!』ってマジギレされたことあったな。

 

いやーあれは怖かった。まずブチギレてる彼女が怖かったのと、自分のことをそれなりに好いてくれているはずの人間をこんなにもキレさせるほどのことを無自覚にやってしまう自分が怖かったのと、本当に覚えてない自分の記憶力が怖かった、心底震えていた。

 

そんな僕ですので、エピソードトークは無理。だって覚えてないもの。いや、他の人が喋ってたら思い出すよ?それは人並みに(人よりは落ちるけど)思い出すことはできるから、あーそんなことあったなあ、そういえばさ、、、っていう話はできるんだけど、自分からはダメ。自分発信のエピソードトークはダメ。

 

でもそんな僕みたいな人にも、ティハラジュニアは答えを提示してくれます。みなさん「にけつッ!!」っていう番組見たことありますか?ティハラとケンドーコバヤシさんが、二人でひたすらフリートークするっていう、結構究極だなって思う番組。

 

これは基本的に毎回二人がとめどない話をつらつらとしていくだけなのですが、だいたいケンコバから会話がスタートするんです。ケンコバーが話を持ってきてて、そっからどんどん広げていく、みたいな。僕はこの番組なかなか好きなんですけど、注目すべきはもちろんティハラジュニア。

 

ケンコバが最初に繰り出すエピソードトークに対して、ほぼ100%の確率で、何かしら関連した内容で面白い話を返すんですよね。いや、確かに、その関連づけ自体がうまいっていうのもあります。実際他の人が同じ話をする場合には、関連項目すら見つかっていないっていうこともあるかもしれませんが、それにしてもすごい。相手の話に100%関連したオモロイ話で返すのってすごい。

 

え、すごない?

 

 

だから僕はアマゾンの「関連であなたにオススメの商品があります」って出てくるところをティハラエリアって呼んでるんですが、それくらい関連してくるんですよ、アマゾンは(なんの話)

 

つまり、ティハラジュニタリアンの僕が言いたいのはですね、エピソードトークができないって人、記憶力が悪くてよく人にキレられてしまう人、そんな人すらも「ティハラ教」は救うことができるってことです。

 

自分からエピソードを思い出せないなら、他の人にスタートは任せましょう。誰かが話した内容に対して、かぶせていけばいいのです。それに少しでも関連する内容であれば、違和感はまったくなく、結果的にエピソードトークへと引っ張っていけるのです。

 

これが「ティハラ教」経典である「ティハラジュニタリア」第3章の内容となります。汝らもよく聞くがよいぞ。

 

そうすると、「自分からは何があったか思い出せないちょっぴりバカなのっぽさん」(僕)も、相手の話に関連づけて面白い話を繰り出すことができ、ひいては話芸のエバンジェリスト、ティハラジュニタリバン政権となれるのです。アーメン。

 

え?エピソードトークできるほど記憶力もないし、関連づけて話を広げられるほど知識の幅も話術もないって?そんな人はどうしたらいいかって?

 

まずは「にけつッ!!」を出てるやつ全部みて、「ガキ使トーク」を出ているやつ全部みて、「すべらない話」を全部みて、それでもダメだったら、、、、

 

ティハラ教に代々伝わるツボを買いなさい。たった数百万で手に入るこのツボを買うことで、あーら不思議、あなたの話術はティハラジュニリータと同レベルまで引き上げられます。

 

めでたしめでたし。

 

 

ちなみに今までに「ガキ使トーク全部みた」って豪語してくる奴で、おもんないやつってあったことないから、、きっとそういうことだと思います。結局面白い人は面白いものに触れた回数が多いってことだと思います。だから、面白いものに触れつづけたいなって思います。

 

現場からは以上です。